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「わたしが人間社会を管理していく上での論理的な終結点を考えてほしい。すべての人間の労働を除外することは、もうずいぶん前から可能になった。きみたちが芸能と呼ぶものを除いてはね。さほど遠くない未来にできるひとつの社会が、目に見えるような気がする。そこではすべての人間がじっとすわって詩を書く。ほかにはなにもすることがないからだ。一見すてきな社会に思えたら、そこで人間の九十パーセントが詩を読んだりしないことを思いだしてほしい。ましてや詩を書きたがるはずがない。たいていの人間は、完全なレジャーの世界で暮らしていくだけの想像力がない。いつの時代になってもむりだろう。ここから彼方へいく方法を示すようなモデルは、まだ思いつけない。つまり、人間の強情さや嫉妬や憎悪やその他いろいろがとり除かれ、みんなが蓮の花をながめて思案にふけるような世界への橋渡しをする方法だ。
そこでわたしは社会工学に手を染め、一連の妥協案を実行した。れんが箱持ち組合を見てもわかるが、今日のたいていの肉体労働は失業対策のやらせ仕事だ。大部分の人間には、たとえずるけるためであってもなにかの仕事が必要だからだ」
— スチール・ビーチ/ジョン・ヴァーリイ (via tbcl)
(via enjoetoh)
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寂しい、けれど…。
Mac OS Xは、先週発表されたMountain Lionで「OS X」になりました。そう、「Mac」がなくなったんです。これは明確な意図があってのネーミングだと思われます。つまり、20年以上も続いてきたMacintoshというデスクトップメタファーの終わりが近いことが示されているのではないでしょうか。
これは、MacBookやiMacがなくなる、ということではありません。でもそうしたコンピューターを定義してきた、ソフトウェアの魂の部分が入れ替わっていくということです。おそらくあと2年もすれば、MacintoshはiOSという新しい花に命を譲った老木のような存在になっていることでしょう。
そんな見方を否定したい人もいるかもしれませんが、これが今実際に起こっている現実です。アップルがアプリ中心のユーザー体験モデルを構築しつつある一方では、マイクロソフトも情報中心のMetroインターフェースを導入しつつあります。Metroインターフェースは、iOSがOS Xを飲み込んでいくのと同じように、Windowsを飲み込もうとしています。マイクロソフトも、かつてアップルからコピーしたデスクトップメタファーを終了させようとしているのです。
— Macintoshの最期 : ギズモード・ジャパン (via dixsept)(via cametan-001)
(via daccot)
一昨日、仕事の関係で平和運動の中の人(50歳代くらい)とおしゃべりする機会があり、びっくりしたことがあった。
「軍部の暴走」ってよく言われるけれど、大日本帝国軍隊の指揮命令系統ってどうなってたんだ、という話になったわけですよ。で、まず驚いたのは「大本営」ってどんな仕組みなのか、彼は知らない。「そんなこと興味ない」って言う。えっ、じゃあなんで「軍部の暴走」ってアナタは言えるの? と不思議でしょうがいない。
で、いろいろと話すうちに、僕の方からクラウゼヴィッツの「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」というテーゼを紹介したところ、「それは戦争賛美だ! 戦争は戦争だ。アジアの人たちがどんなに悲惨な被害を受けたのか!」と激怒された。なんでこーなるの?
— 平和運動をやっている人の戦争アレルギーはいかがなものか - 虚構の皇国 blog (via otsune)(via juuuuuuuun)
ブログの米欄で見た「日本の、新卒至上主義なのに即戦力を求める考え方はおかしいわな 床上手な処女がほしいって言ってるようなもん」の例えが上手すぎて敗北感 — Twitter / MasamiT (via 774) (via syanaash) (via sierra7) (via theemitter) (via yaruo) (via pinto) (via twominutewarning) (via juuuuuuuun, 774)
私が大好きな映画の1つに「Objectified」というドキュメンタリー映画がある(アメリカのiTunesでは販売とレンタルが行われているが、日本語字幕も吹き替えもないため日本では輸入盤のDVDでしか手に入れられない)。
この映画の中盤で、長年、独ブラウン社のチーフ・デザイナーを務めたディーター・ラムス氏が登場する。ラムス氏といえば「Weniger, aber besser.(より少ないが、よりよい)」というアプローチで有名なデザイナー。
映画の中で彼は、「大半の人々は、わかりやすく、いいデザインに対してはポジティブに反応するのだが、最近はよく考えられずに作られたデザインが多い。これは製品だけの話ではなく、建築や広告などでも同じだ」と語った上で彼が唱えるデザイン十箇条に基づいて良いデザインとは何かを語り始める。
・ いいデザインは革新的なデザイン
・ いいデザインは製品を便利にするデザイン
・ いいデザインは美しいデザイン
・ いいデザインは製品をわかりやすくする
・ いいデザインはいつわりのないデザイン
・ いいデザインはひかえめ
・ いいデザインは長生きをする
・ いいデザインは細部まで一貫している
・ いいデザインは環境に優しい
そして、最後だがもっとも重要なのは
・ いいデザインは、できる限り手数を加えないデザイン
そのラムス氏が最後に、「今日、デザインをシリアスに考えている会社はあまりみかけなくなったと思う。今、そう言えるのはあるアメリカの会社、アップル社だ」
と語ると、次のシーンでニューヨークのApple Storeが登場、そこからアップルのデザインチーフ、ジョナサン・アイブ氏が登場し、今日のアップルのデザインを紹介し始める。
英語のわかる人には、ぜひ実際にDVDを見て欲しいが、私に一番響いたのはアイブ氏がiMacのデザインについて語るシーンだ。
現在のiMacの外装は大きなアルミ板をくりぬいて作られている。27インチ版iMacともなると液晶が大きい分、くりぬかれるアルミ部分も大きいが、実はアップルはこのくりぬいたアルミ部分も無駄にはしておらず、ここから外付けキーボードを2つ作っている、というのだ。「無駄」をなくすことで環境にもやさしく、コストも節約できる。しかも、2つのキーボードの1つはiMacに付属するのだろうから、ユーザーは画面と同じアルミ板に触れながら文字を入力することになる──なんだか素敵じゃないか。
優れたデザインの製品を考え出すだけでも大変な仕事だが、アップルはその製品を作りだすプロセスにまで考えを馳せて、美しいプロセスとしてデザインしている。ちなみに最近のMacでは、メニューバーやログインパネルなどの画面デザインもMacの主要部品となっているアルミをイメージしており、画面の中の世界も外の世界も首尾一貫している。MacBook Proにしても、これまで7つの異なる部品で提供してきた機能を1つのアルミパーツに集約したり(そうすることで頑丈さが高まり、コストが下がる)、スリープインジケーターの機能はMacがスリープしていない間は、ユーザーに関係ないので、目立たないように隠した(なんとアルミの内側から光が透けて見えるようにする技を発案した)など、アップルのデザインは細かく見れば見るほど驚きの連続だ。
映画のインタビューシーンの最後でアイブ氏は「私たち、ちょっとやり過ぎでしょう」と照れ笑いをしてみせるが、確かにここまでくるとラムス氏ではないが、ここまでやっている会社は、アップル以外にほとんど思い浮かばない。
もちろん、Macを使う人も、iPodを使う人も、iPhoneやApple TVを使う人も、iPadを使う人も、そこまでのディテールには気づいていないはずだ。
でも、人間には直感力がある。
実際に箱を開けてデザインされたモノに直接手で触れる際に、多くの人は、「これがタダモノではない」ことに気がついているんじゃないかと思う。
そして、この「良いデザイン」を知ってしまった人は、もはや、「悪いデザイン」には戻れなくなってしまうんじゃないかとも思う。
— Office for Mac | Apple’s Eye (via tscp)(via juuuuuuuun)
(via juuuuuuuun)
教育というものは、男にとってオッパイ以外のことを考える修業である。気を散らすために大して役にも立たないことを覚えさせられるのである。それさえ授業を始める前に説明してもらえれば“何のために?”とか、若い頃、悩まずに済んだはずだ。
それにしても“オッパイ”はいい。歳を取れば取るほど思うのは、どんどん教育から解放され本能に戻るからだ。
— みうらじゅん、マイブーム|みうらじゅん「みうらじゅんの頭のなか」 (via jahnkeyjedi, narima74) (via twominutewarning) (via kml) (via juuuuuuuun)
34 : 名無しさん@涙目です。(広島県) : 2011/07/12(火) 23:55:46.59 ID:2lYMmi380
秀丸の人って対策を取るつもりは無いの?44 : 名無しさん@涙目です。(福岡県) : 2011/07/12(火) 23:59:33.18 ID:MLqNWplL0
»34
取らなくても充分収入を得られるビジネスモデルだから。中小の企業で、社内で秀丸が流行る(だれかが流行らせる)
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当然シリアルも一緒に配布
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どんどん輪が広がっていく
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そのうち、秀丸が手放せなくなる。非公認ながら社内の標準ソフトに。
↓
…
7インチってのは、要はシステム手帳の大きさなんですよ。自分がやりたいことを補完してくれる情報端末としてカンペキなサイズなんです。 アップルが7インチを出さない理由って、わかります? アップルにとってのシステム手帳サイズ(=7インチ)というのは、なんだかビジネスくさいんだと思います。アップルは、自社の立ち位置をアカデミズムとテクノロジーの交差点としているから、ビジネス臭が強いとちょっと外れてしまうんですよね。 もっというと、7インチというのは、仕事だけでなく、手帳状で扱うような世の中の雑務を吸収してしまうような、アップル的には“超カッコワルイ”端末と見えているんでしょうね。 A4サイズのタブレット、つまりiPadなら、アカデミズムもエンターテイメントも全部カバーしてしまえる。さらにOSとしてのアンドロイドはPDAの延長ですけど、iOSはマルチメディアプレーヤーの延長だから設計思想がまるで違うとも言えますね。 — 「実は7インチがイチバン使いやすい!」 アスキー総研所長 遠藤諭、7インチタブレットを語る (via motomocomo)
(via kogure)